数年前になりますが、ある日の深夜、突然電話が鳴りました。
「牧口さん、助けてください!」
電話口で響く、悲痛に満ちた男性Fさんの声。
そして、電話の向こう側ではFさんの妻、R子さんの泣き叫ぶ声が聞こえていて、泣き声の合間には、「殺してよ、楽にしてよ」という物騒な言葉が、、、、、
Fさんご夫婦は、その数週間前に初めてお電話をいただきました。
Fさんの浮気が発覚して3か月、今は相手女性との関係も断って、やり直したいというおふたりの思いは一致しているということでした。
ただ、奥さんのフラッシュバックが週に2~3回くらいのペースで起きていて、いったん始まると、壮絶ともいえる感情の爆発と罵詈雑言が夫にぶつけられ、時には殴る蹴るもあり、深夜から明け方までそれは続くということでした。
フラッシュバックには個人差があり、夫に対して怒りや身体的攻撃をぶつけるケースも珍しくないのですが、Fさんの奥さんは、躁うつ病も患っている背景があり、そちらの状況が悪化する心配もあったので、「もしも奥さんのフラッシュバックがあまりに激しい場合は、夜でも何時でも構わないので、電話をください」とお伝えした経緯もあり、Fさんがお電話をくださったわけなんです。
奥さんのただならない様子に、Fさんの声もいくらかの苛立ちを含めていて、語気が荒いように感じました。
「もうどうしたらいいかわかんないです。妻が包丁を持ち出そうとして、、、、なんとか止めたんですけど、、、、」
(え゛、包丁?、、、)
まったく要領が得られなくて、まずは何があったのか、Fさんにお話を伺いました。
Fさんいわく、妻のフラッシュバックはいつものことと思っていたものの、その言葉があまりに疑いや否定に満ちていたので、つい苛立って、『そんなに信じられないなら、いっそ殺してくれよ。俺が死んだら、もう疑わずに済むだろ!』と言ってしまった。
その言葉に奥さんは、『あんたこそ私を殺してよ。こんなに苦しめるなら、もう楽にしてよ』と叫んで、台所から包丁に手を伸ばし、それをあわててFさんが制して、私に電話をくれたということでした。
もう、一歩間違えば、本当にどっちかが死ぬか大けがをしかねない状態です。
ともあれ、今なお感情爆発が収まらないR子さんに、とにかく落ち着いてもらうことが先決です。
そこで私は、スマホをスピーカーモードにしてもらい、私の声が聞こえるようにしてもらいました。
「奥さん、大丈夫ですか。とにかく、落ち着きましょうね」と呼びかけながら、たぶん10分以上は声をかけ続けたと思います。
初めは私にも感情をぶつけていたR子さんでしたが、少しずつ落ち着きを取り戻されて、1時間後くらいには完全にもとのR子さんに戻ってくれました。
そのときにR子さんの言葉が次のようなものでした。
『私がフラッシュバックで苦しいのは仕方がないです。でも、私の疑いや不安に対して向き合ってくれずに、殺してくれとか、死んだら疑わずに済むとか、そういうのって逃げてるだけだし、情けないし、すごくすごく腹が立ったんです』
誤解のないように書き添えますが、Fさんは少なくても、普段からそういう言動がある方ではありません。
むしろ、懸命に奥さんとやり直そうとしている姿のある方です。
それでも、そんなFさんですら、つい口にしてしまった言葉や、苛立ちから見せてしまう態度によって、妻の不安や疑いをいっそう増幅させ、感情的に追い込んでしまう結果となったわけです。
特に妻がフラッシュバックで精神的に不安定になっているときは、感情に対して感情をぶつけ返す、というのは非常に危険な場合がありますから、くれぐれも注意していただきたい点のひとつです。